レポート: アーバン・タイフーン・下北沢, 2006年6月26日- 6月29日:

アーバン・タイフーン・ワークショップはニューメディア、デザインなどの専門家、地元の地域活動( Save the 下北沢、下北沢フォーラム)グループのメンバー、明治大学、慶応大学、早稲田大学、東京大学、シドニー大学などのさまざまな大学講師や学生含む異なる年齢やバックグラウンドを持つ人たち約30人によって構成されたグループによって計画されました。

ワークショップのゴールは下北沢の将来や近代都市における文化的地区のありかたについてブレインストーミングするために日本国内や海外から人びとを集めることではなく、次の 2つの成果を生み出すことを目的としました。世田谷区に対して下北沢の計画案の他の選択肢を提示すること。下北沢独特の精神の証拠をマルチメディアによって記録すること。

年齢、専門、学歴、国籍、世田谷区が提示しているマスタープランに対する意見の違いを越え、あらゆる人がこのワークショップに参加する資格を持ち、参加者たちはアート、建築、都市計画、ビデオ、ニューメディア、オーラルヒストリーなどを含む方法や分野異なる 13のユニットの中から自ら参加するユニットを選択しました。

この 13のユニットは日本、オーストラリア、アメリカ合衆国、南米、ヨーロッパなどからの29人の建築家、デザイナー、アーティストによって結成され、それぞれのユニットはユニットリーダーによって提案されたそれぞれ異なるテーマと方法論を持ち、ひとりから4人のユニットリーダーと5人から16人の参加者によって構成されました。このユニット運営と下北沢という場所で何をするかは、招待されたユニットリーダーたちに任されていました。結果的にワークショップではさまざまな異なるアプローチと幅広い成果を生み出しました。

ワークショップは主に下北沢の中心に位置する、アレイホール(地域イベント等で利用可能なレンタルスペース)とナンステーション 2階(カレーレストラン)の2ヶ所を約1週間使用して開催されました。メインスペースとなったアレイホールは図を描いたり、模型を制作したり、ノートパソコンを使用する主に建築を専門とするユニットによって使用され、そのほかのユニットはナンステーションやその他のスペースを一時的に使用しました。

多くのユニットが下北沢と直に接することを選択しました。たとえば、下北沢近隣を歩き回って探索したり、地元の人びとにインタビューをしたり、公共空間の新しい使い方を体験してみたり、ストリートパフォーマンスやインスタレーションをしてみたり、道にステッカーを貼ってみたり、仮のオブジェクトや彫刻をつくってみたり、、、、これらは、下北沢の住民、店のオーナー、ワークショップに訪れた人びとによって必然的に引き起こされたものです。ワークショップ期間中、参加者たちは下北沢のあらゆるところを見てまわることができました。その間に、何かを記録したり、人と話したり、文章を書いたり、スケッチをしたり、写真や映像を撮ったり、マッピングをしたりしました。ただひたすらにワークショップのメインスペースへ帰る道を探す参加者もいました。

また、このワークショップは東京大学で 6月28日に開かれたThe Ubiquitous City Symposiumと下北沢で6月30日から7月2日にかけて開かれたCultural Typhoon Symposiumという2つの国際シンポジウムと関連していました。これらのイベントはワークショップのテーマ、目的を反映させ、可能性を広げる機会を与えてくれました。それぞれのイベントとアーバン・タイフーン・ワークショップの関連については下からユニットの説明を参照ください。

 

 

 

13 ワークショップユニット:

- Overhead Shiwokitazawa / T.B.A
- E_XQUIS / カーラ・レイタオ
- シモスケールに戻れ / Koba Arch Lab
- シモキタを塗りつぶせ / CAt
- Exploring Shimokitazawa; Experience the City / Save the Shimokitazawa
- 台風を取り囲む / アートハーバー
- Programming Uncertainty / イェフダ・サフラン
- ストリート・ライフ / Studio SUMO
- "La Calle(道)": 意義のある衝撃のための意義のない資源 / Supersudaca
- オーラルヒストリー in 下北沢 / シモキタ・オーラル・ヒストリー
- ソデ・マッピング / チーム非同時
- 都市俳句 / ジル・ガブリエル・グラシウレ&光学姉妹
- Shimokitology / Alto Majo

 

 

Overhead Shimokitazawa
T.B.A: トロステン・ブルーメ&畑山明人 / ドイツ、東京

トロステン・ブルーメはバウハウス・デッサウ財団で講師兼キュレーターを務める都市計画家である。彼は、ワークショップが始まる直前、アーバン・タイフーンの事務局にワークショップに参加をしたいと申し出た。同時に "urban mediactivism"というとても興味深いプロジェクトのレポートをわれわれに送ってきた。すぐに、われわれは彼をユニットオーガナイザーとしてこのワークショップに招くことに決めた。こうして、彼は以前彼の学生であり、現在メルボルン大学でランドスケープデザインを学んでいる畑山明人とともに、1ユニットを任されることになった。頭上とデジタルプロジェクターを使ってストリートで活動をするという提案を持ち込んできたとき、われわれはどうやって彼らがこのアイデアを下北沢で実現させるのかとても興味と好奇心をそそられた。

このユニットは実際にわれわれの想像を超えて、通りを舞台に白い衣装を身にまとったダンサーたちとともに、下北沢の動画をダンサーたちやスクリーン、通り過ぎる自転車などに投影するという、驚くべき演出を行なった。このパフォーマンスに対してはいろいろな解釈があるだろう。技術的に経験豊かなこのユニットは、完璧に構成と即興のバランスがとれており、屋外で衣装を身にまとったパフォーマーたち、流動的かつ上品なダンサーたち、趣旨の真面目さは、ワークショップの参加者や通り過ぎる人びと、下北沢住民などの観客を圧倒した。この通りでのパフォーマンスは、下北沢住民が直面している下北沢の独特の複雑さと洗練度に対する深い考えなしに地図に新しい線を引こうとする都市計画家による迫り来る文化環境の破壊という、重大な状況を見事に表現していた。

 

 

E_XQUIS
カーラ・レイタオ / ニューヨーク、リスボン

カーラ・レイタオはニューヨークとリスボンに活動拠点をもつ建築家兼デザイナーであり、コーネル大学の教授である。彼女の建築的アプローチはバーチャルリアリティとコンピューターゲームに明らかに影響を受けている。下北沢で彼女は E_XQIUISというユニットで参加者を率い、夢と現実の合間の境界をさまよう旅へといざなった。このユニットは下北沢の代わりとなるシナリオの集合体を思いついた。下北沢で見つけた不思議な字体、一見取るに足らない細かなモノが下北沢の隠れた精神を表現しがすばらしい世界を生み出しているということを。

カーラはシナリオを次から次へと受け渡す参加型デザインという非独占的な方法を生み出した。その結果「 cadavre exquis」というそれぞれの参加者のイメージがシナリオの一部となるシナリオの集合体ともいえるシナリオが完成した。このシナリオは最終段階で参加者が使う模型となった。このユニットの成果は夢のような下北沢を提案した。

 

 

シモスケールに戻れ
Koba Arch Lab: 小林正美 / 東京

小林正美は明治大学教授、ハーバード大学講師であるとともに、都市計画家。世田谷区に代替のマスタープランを提案している下北沢フォーラムの主導者でもある。彼は以前、明治大学とハーバード大学のスタジオを下北沢で開いた張本人であり、下北沢の都市化についてもっとも知識のある人間のひとりである。 Koba Arch Labはもっとも熟知しているユニットであり、小田急線が地下化されたときに退去せざるを得なくなる地域のための包括的な代案を提案した。下北沢にとって活動的かつ独特さを失うことなく新しい東京の現実を追加することの必要性について気づかせてくれた。

このユニットは下北沢の特徴を生み出す原因の一部となる小さな建物、狭い通りから、下北沢ならではのスケールがあることに気づいた。彼らは、小田急線の両側から小さな通りを繋げ直し、循環する歩道とグランドレベルとを繋ぐ歩道をつくることで都市の中の高く大きなビルとの協調的統合を図った。このユニットは小田急線が地下化されたときに退去せざるを得なくなるエリアを「シモキタ・グルーブ」と名づけ商業、文化、コミュニティという 3つの軸を循環するプログラムを困難した。この提案は文化的魅力が失われるであろう駅周辺の小さなスケールの商業活動に焦点を絞っている。文化エリアから受け継がれる特徴のひとつは「自由自在に使える」スペースと文化センターであろう。地祇にこのユニットはボタニック・ガーデンをもつコミュニティ・スペースを提案することで、下北沢に緑が必要であることを気づかせた。また、下北沢周辺の数多くの落書きアーティストが彼らの作品を展示できるギャラリー・ストリートを提案した。この計画は、下北沢の文化的で芸術的な素質を潜めているだろう。

 

 

シモキタを塗りつぶせ
CAt: 小嶋一浩、赤松佳珠子、雨宮知彦、王喆 / 東京

CAtは日本国内および台湾、ベトナム、カザフスタンなど世界的に活動をし注目を集めている東京の建築設計事務所。代表取締役の小嶋一浩は東京大学を始め東京のさまざまな大学で教えている。赤松 佳珠子は 1990年から小嶋一浩と一緒に仕事をし始め、現在は関東学院大学、日本工業大学で教えている。ワークショップでこのユニットはまず白黒の下北沢の地図を描いた。黒は、1つの昨日しか持たないエリア。白は、機能や名前が可変なエリアであった。そして参加者たちは白のエリアを一時的に使用することを試みた。

このアプローチはいろいろな点で興味深いものであった。一つめにミュージシャンや若者のグループのように、建築家たちによるこのエリアの乗っ取りを図った点。二つめに、都市スペースを再設定することで下北沢を創造的な実験の余地と認め、市民の自由についてのより大きな質疑を表した点。三つめに、遊びのような小さな都市乗っ取りによって、都市スペースの従来とは異なる解釈をもたらした点。一方で線路に沿ったプラットフォームとコミュティガーデンなど、ワークショップ中に提案されたアイデアのうちいくつかは学術的視点から見て疑問が残るものもあった。 CAtとしての専門を含んだ提案が明快に観客に伝えられるなか、堅苦しくなく、リラックスしたワークショップの雰囲気によって、彼らの想像力が解き放たれたかたちとなった。

 

 

Exploring Shimokitazawa; Experience the City
Save the Shimokitazawa: 木村和穂、金子賢三、石崎俊一 / 東京

Save the Shimokitazawa (STSK)は世田谷区の提案するマスタープランに対抗するかたちで設立された草の根グループ。STSKのメンバーは幅広い年齢層に渡っており、学生やアーティストを中心に下北沢で文化的活動を続ける人びとに下北沢が直面している問題を訴えかけている。このSTSKによって組織されたユニットはショートムービーで下北沢の文化的ダイナミズムを世界苦肉国に向けて発信することを提案しました。このワークショップ全体の参加者のうち、約半分が海外からの参加者であったが、このことがSTSKユニットでは、日本だけでなく海外の若者たちによる下北沢に対するグローバルな視点をもたらすこととなった。

STSKユニットの成果は10分間の日本人や、外国人住民、下北沢を訪れた人に対するインタビューで構成された英語のドキュメンタリーであった。主に彼らの質問は、「なぜ下北沢が好きなのか?」「下北沢の何が特別なのか?」だった。ドキュメンタリーの中で多くの外国人が下北沢ならではのリラックスした雰囲気を求めてこの地を訪れているということが明らかとなった。確かに近代的な東京の文化に興味を持つ多くの旅行者たちの注目の的となっている。さらに、下北沢では新入りが確実にコミュニティと「昔の日本」に溶け込み、東京のほかの地域では得がたい時を獲得していることがドキュメンタリーのなかで明らかになった。

 

 

台風を取り囲む
アートハーバー: リアン・ラムジー&フレンズ / 東京、シドニー

リアン・ラムジーはアーティストであるとともにはこだて未来大学の教授で、アートハーバーというグループの設立者のひとりである。このアートハーバーは日本や海外からのコラボレーターから成るゆるい集まりで、 2001年からアートを使い環境について考えたり、他の可能性について想像したりすることで人びとを励ますような、いろいろなプロジェクトやワークショップを率いてきた。すでに決定している計画過程に干渉するというよりも、完全に自由な作業日程と機能の背景と機会を集約するプロジェクトを行なう意図のみを持って下北沢に乗り込んできた。このユニットにとって、まず最初にやらなければならなかったことは、17人という大人数のユニットメンバーが一同に集まることのできる場所を探すことだった。下北沢周辺を探索した結果、彼らが出した結論は、通りでミーティングを行ない、「ポータブル・トーク・ステーション - 可動話処 -」をつくり住民たちにインタビューを行なうということだった。

アートハーバーは「 Luv Shimokitazawa box - あなたの下北沢ボックス -」という誰でも下北沢に関係のあるアート作品を展示できるモノや下北沢のポストカードセットなどアーティスティックな試行を行なった。また、この他にも、判りやすいロゴや「Site of Cultural Importance – 文化的に重要な場所 -」というステッカーを多数つくり、このステッカーを実際に下北沢周辺の特別と思われる場所に貼り、地図上にその場所を表記するという興味深いプロジェクトもあった。現在このユニットは渡邉秀徳率いるチーム非同時とともに、オンラインアクセス可能なウェブ版の地図作成し、コメントや提案を受け付けるウェブサイトを作成する活動を続けている。

 

 

Programming Uncertainty
イェフダ・サフラン / ニューヨーク、パリ

イェフダ・サフランはパリに生活の拠点を持つアーティストで、建築評論家、作家でもあり、コロンビア大学、スイスのメンドリーシオ・アカデミー・オブ・アーキテクチャーと中国の南京建築工事学院で教鞭をとっている。彼はこのワークショップ批評的な切り口を持ち込み、最初に参加者たちにギー・ドボールの「 Society of Spectacle」のフィルムを見せ、ユニットメンバーと、愛想なく下北沢を探索し、通りやファサード、洋服の着こなしなどに特別な注意を払うという約束を交わした。

このユニットは、キッチュやかわいさ、視覚的につじつまが合わないものが下北沢ではなぜか溶け合って、文化意識の高い訪問者を遠ざけるかわりに、近隣の文化的に価値となっているのかということについて熟考した。下北沢周辺で彼らの発見した細かな特徴は何人かの参加者たちにアフリカのファッションのコラージュスタイルを思い起こさせ、下北沢を東京のアフリカと呼ばせるに至った。訪問者たちはエキゾチックさ、ワイルドさ、創造的な面、冒険のために下北沢に来ている。下北沢に来ることは、堅く、きっちりとした東京から離れた外の世界への旅のようである。ここは訪れるべき場所である。下北沢、そこは神秘的な場所、東京大震災で大きなダメージを受け断片化したあとのモザイクのように小さな趣や色の集まり。彼らの結論は、キッチュとかわいさはこのエリアにとって必要不可欠な要素で、明らかに下北沢の純粋さやその方向性を担うものである故に保護されるべきものであるということであった。

 

 

ストリート・ライフ
Studio SUMO: ヨランデ・ダニエルス&スニル・バルド / ニューヨーク

ヨランデ・ダニエルスとスニル・バルドはともに学び、 Studio SUMOを立ち上げ、コロンビア大学とイェール大学で教鞭をとっている。彼らは建築のプロジェクトを実際に見るためと千葉の城西国際大学で教えるために定期的に日本を訪れている。このユニットでは下北沢のストリートライフを観察、分析し、小田急線の計画によって退去せざるを得なくなるエリアについての提案を行なった。

何が下北沢の何が他と違うのか問いから始まった。ワークショップ初日、 Koba Arch Labの小林正美が行なった下北沢についてのプレゼンテーションの導入で、下北沢がブランド化しているという説明は下北沢の資産価値に対する良いイメージをもたらした。しかし、何が都市の特徴としての下北沢ブランドなのか?このユニットは「ピクセレーション」、「流れと動き」、「界隈」という下北沢ならではの3つの特徴を特定した。情報、グッズ、通りやその周辺におけるいろいろな人の流れのスピードやピクセルのような異常なほどの小さな建物の混ざり合い。動と静の並列とそれぞれが互いに絡み合っている点は、小さな都市化した下北沢特有のものである。これらの分析に基づき、このユニットは断固とした現在の小田急線部分をふさぐような、現在の線路にそって小さな建物と通りを繋ぐ「健康回路」、「買い物回路」、「積極的行動回路」の3つの可能な「回路」を提案した。

 

 

"La Calle(道)": 意義のある衝撃のための意義のない資源
Supersudaca: パブロ・コルバラン、フェリックス・マドラゾ、マヌエレ・デ・リベロ、エレーナ・シェフチェンコ / ラテンアメリカ

Supersudacaはチリのタルカ大学教授のパブロ・コルバラン、ロッテルダムの Juurlink+Gelukに勤務するエレーナ・シェフチェンコ、ロッテルダムのOMAに勤務するフェリックス・マドラゾ、リマのペルーカトリック大学教授のマヌエル・デ・リベロによる ラテンアメリカの建築家のネットワーク。このユニットは下北沢の6つのストリートセグメントを Photoshopを使い何かを目立たせたり、通りに何かを足してみたり、その進行に合わせて写真を撮ってみたり、ストリートの断面をいろいろな時間帯にスケッチしてみたり、視覚的に統計データを表現してみたりなどいろいろな方法によって分析した。この分析から参加者たちは下北沢への直接介入の方法を工夫し、見つけた。

一般的な分析方法を異なる場所で近いそれらを比べることで、その場固有の介入方法を試した。これは、参加者たちを直接に一つのストリートセグメントの存在へと導いた。いくつかの場合においては彼らの築き上げた環境に対する知識が彼らの介入に対する店のオーナーたちの協力を得る手助けとなった。何人かの参加者たちはイスやカーペットなどの家具を置くことでストリートを仮のサロンと変貌させた。この人びとが集まり、話をし、休む仮の集会所をつくるという介入方法は成功した。リラックスし、堅苦しくない雰囲気に溢れる下北沢はこのような都市の活動を快く受け入れた。これらの経験を精査し、このユニットは下北沢住民という集合体のシンボルとなるような新しいストリートファニチャーの断片「 Tenclock」(手がなく赤い巨大な鼻が真ん中にある超現実主義的な時計の彫刻)を創った。このおかしな下北沢のランドマークは、マスタープランの不条理さ危機的な状況、下北沢の独特のパーティーセンス、クリエイティブな人びとが都市領域に介入することのシンボルとして、世田谷区による国道54号線計画によっておそらく取り壊されるであろうビルの前に置かれた。

 

 

オーラルヒストリー in 下北沢
シモキタ・オーラル・ヒストリー: 田口太郎 / 東京

田口太郎は早稲田大学建築学科で教鞭をとる若き研究者。彼は言葉による伝承に基づく地元定住生活と都市への介入の方法論を確立した。このユニットは下北沢住民にインタビューをして周り、その人の個人的な歴史やコミュニティの変遷について聞いた。この一見シンプルな人々の個人的な歴史の構成への介入方法は、ワークショップのために下準備をしてきたかのように見事に結果へと結びついた。ストリートの生活や美的な思考とは遠く離れ、人びとの家や生活からこのユニットは対照的かつ親密的な下北沢のポートレート「 allows us to imagine the real Shimokitazawa from people's memory 」 を描いた。

70代の本屋の店主、20代の美容師、不動産屋のオーナー、高校生、レコード屋の店主などがそれぞれの下北沢の思い出を語った。郷愁の念から、本屋の店主は下北沢周辺が変人として騒ぎ、住むのにふさわしく、ヘアドレッサーの消費主義に寛容な「グレーゾーン」だった頃を懐かしみ、「下北沢はすべて。私の洋服、バッグ、財布、、、」と運命の地と語るカフェの店主、この地の変遷を見守ってきた年配の市民は「若者向けのファーストフードみたいなところになってきた。それが生活。変わっていくのさ。」と語った。われわれは目には見えなくとも過去から受け継がれている精神に思いをはせた。われわれが知っている下北沢が既に思い出に変わっているのではないかと考え始めた。そして、レコード店の店主の口からなぜ最近若者が下北沢の通りに集まってくるのかを聞いた。「この前のゴールデンウィークの下北沢はごったがえしていた」というように、われわれは下北沢の歴史をいろいろな節目で記憶に残していくのだろう。

 

 

ソデ・マッピング
チーム非同時: 渡邉英徳、吉田悠樹彦、ニシモトタロウ / 東京

渡邉英徳はコンピューターをベースにした空間のデザイン研究やデジタルアートとライブパフォーマンスを組み合わせたイベントのプロデュースをし、デジタルハリウッド大学で教鞭をとっている。吉田悠樹彦はダンスとテレマティックスパフォーマンスの分野の批評家。ニシモトタロウはアーティストであり、阿佐ヶ谷美術専門学校と女子美術大学で教職についている。彼らは「ソデ in 下北沢」という地図を提案し、ストリートを舞台にダンサーとともにパフォーマンスを行なった。ソデとは必要であるが、デザインされていないパブリックとプライベートの中間に位置する場所(または活動)で、劇場のバックステージのようにそこから外を見ることはできるが、中を見ることができない場所のことをいう。

このユニットは最初にそのような場所を探し、Google Earthの地図上にその地点を落とし込んだ。ソデの写真は携帯電話から直接データベースに送られた。このユニットは路地や変なモノやローラースケートのような活動を含む178のソデを下北沢で拾ってきた。そこから独自性によって選び抜かれた4つのソデを選び「ソデ・パフォーマンス」を行なった。大きなガラス窓はパフォーマーたちが自らの姿を映してして遊ぶ公共の鏡と化し、駅の越線橋はパフォーマーが駅のプラットフォームにいるほかのパフォーマーとコミュニケーションをとるためのステージと化し、裏路地は先を急ぐ人でごった返した通りの抜け道と化し、ワークショップスペースの外部階段はパフォーマーたちが通りに立つ他のパフォーマーを見ながらダンスのステップ練習をするためのいろいろな高さのステージと化した。その下北沢の創造性と一見ランダムな場所は下北沢の宿命の強力なメタファーとなっていた。下北沢の非合理的なデザインと思われる一方で、都市の宝箱のようにも見える。ソデ・マッピングは想像力による活動が可能な小さいスペースの集合体であることをわれわれに見せてくれた。ある意味で、東京という都市において下北沢自身が不明確で、デザインされていないソデ・スペースなのかも知れない。

 

 

都市俳句
ジル・ガブリエル・グラシウレ&光学姉妹(大房潤一) / スイス、東京

ジル・ガブリエル・グラシウレは現在世界中を旅しながらビデオアートプロジェクトを見て周っている画家であり、ビデオアーティスト。大房潤一は東京在住の VJ兼テレビプロデューサーでアートを教えている。このユニットは詩的な下北沢の局面を絵や写真、ビデオなど、いろいろなメディアを使って表現した。このユニットが下北沢の中であえて注目したのは歩道スペースであった。数万人もの人びとが東京の中でも数少ない車のほとんど通らない下北沢を歩いて通り抜ける。歩く中でどのように場は記憶されていくのか?歩く指標となるものは何か?歩道を歩く旅や町を通り抜けることの他の事例は?

われわれの詩的な足跡を街に残す散歩とは芸術である。いくつもの狭い下北沢の通りは怠け者と空想家の喜びで溢れている。下北沢の人口密度は歩いてそこを通り抜けることだけを可能にしている。散歩することは感覚を敏感にし、周りを感じて交流を図ることを可能にする。それは自然かつ社会的環境の中で、個々を繋いでいく人間本来の行動であり、地元の生活を持続させ、マーケットタイプの経済活動である。都市スペースが合理化されてようとしている状況下の単にシンポリックな重要性であるとともに、グローバルスケールでの商業発展の客観的な視点である。それは効率という論理ではないその他の理論を導く。その場からの脱出や巡礼、最初に来た道や平穏な行進、政治的な抗議やマラソン、ダンスなどわれわれの足はその足跡を通して自ら宣言をするためのツールとして使われている。世田谷区によって計画されている 26メートル幅の道路は、下北沢の似通って混沌とした歩道で起きているコミュニティレベルでの絡み合った社会の結びつきを壊すだろう。この地の価値は散歩を通して何年にも渡って増大してきた。これはどのようなマスタープランでも再度つくり上げることは難しいだろう。10万人以上もの静かなる54号線プロジェクトに反対する人びとが下北沢を通り抜ける。

 

 

Shimokitology
Alto Majo: アレックス・ハイメス、武田朋、マティアス・エチャノベ、ジョアン・ジャコヴィッチ / 東京、バルセロナ、シドニー

アレックス・ハイメスは東京在住の写真家であり、ビジュアルメディアの研究者。武田朋はバルセロナ在住のデザイナー。マティアス・エチャノベは東京在住の都市計画家。ジョアン・ジャコヴィッチはシドニー在住の建築家。この 4人が下北沢のための下北沢についてのマルチメディアアートワークを制作する意思とともに集まりAlto Majoを結成した。このユニットは感じる、行動、制作という3つの関連した軸を巡る創造的な下北沢の探索を提案した。最初に、下北沢を感じて周り、コンセプチュアルな地図を作成。これらの地図はドキュメント化される最終的に集約され複雑さとパラドックスを含む多次元的な下北沢の表現へと繋がる多数の小規模のストリートでのアクションへと続く。

緩やかにこのプログラムに従いつつも時々線路を外れながら、興奮状態でのプレゼンテーションやパフォーマンスかと思われるような異なるスケッチや地図、コラージュや写真、映像や絵などを制作した。 Alto Majoメンバーによるリアリティーショー形式の家族療法のようなセッションが中国語の無くなっていくものへ郷愁の念を表した歌で幕をあけた。ユニットメンバーたちは全く新しいプロジェクトである北京の大山子芸術区やメキシコの座パティスト革命など下北沢と同じような状況下におかれている世界の地域とリンクするウェブサイトの制作を考えていることを説明した。続いて、Shimo-vibeとそれが54号線の計画による消滅するという恐るべき将来の見通しや、メンバーの一人がその下北沢への愛を歌っている少し恥ずかしいような短いビデオクリップを見せた。この明らかに一貫性に欠けるアウトプットとともに、ユニットメンバーたちを無期限に下北沢を表現し続けることを明らかにした。